一緒においしく食べてこそ恋も楽しい人間にはさまざまな欲があります。
聞くところによれば、人間の三大欲望とは、食欲、性欲、金銭欲だとか……。
もちろん、人によって、欲望の種類もさまざまでしょうから、いちがいに決めつけることはできませんが、「欲望」という言葉から連想されるものを順番に挙げてみてと言われたら、この三つを選ぶ人が、やはり多いのではないでしょうか。
結婚するろ、二人はまさにこの三欲を共有し始めます。
一緒にご飯を食べ、一緒に夜を過ごし、そして、やはりなるべく多くのお金が欲しいと思うものでしょう。
二人で快適に過ごすためには、やはりある程度の資金が必要ですから。
「できることなら、恋は、せめて恋だけは、欲望とは別の次元の出来事にしたい」などと思う人もいるかもしれませんが、そんなわけにはいきません。
恋は人間の本能に基づいて起こる不思議な現象ですから、人間の欲望と無関係というわけにはいかないのです。
それに、二人で欲を満たすのは楽しい。
一人で食べるご飯より、結婚相手と一緒のほうが楽しいし、一人きりで過ごす夜より、やっぱり誰かと一緒にいて、あれしたりこれしたりしているほうがいい。
お金にしても、誰かのために稼ぐほうが張り合いがあるというものです。
ただそれだけに、欲望を妨害すると、恋それ自体が危機に陥ってしまうことがありますから、充分な注意が必要です。
とくに最初のうちは、相手が何を欲しているのかわからない時も多く、自分ではそのつもりではなかったのに、相手の気分を害してしまうことがあるのでなおさらでしょう。
すべり出しのつまずきは、のちのちまで響き、けっこう深刻な結果をもたらすものです。
くれぐれも油断は禁物。
私の知り合いの男性がお見合いした時もそうでした。
彼はお見合いした相手を好きになりかけていました。
出会いこそお見合いという形でしたが、会ったその時から、彼女を好ましいと思うようになっていたのです。
彼はお見合いの数日後、デートに行くのを楽しみにしていました。
お見合いの当日はお互い神妙にしていたため、ろくろく話もできなかったので、二人でゆっくり楽しもうと張り切っていたようです。
「今晩、彼女と食事するんだぜ」と、彼は本当に嬉しそうでした。
部外者である私までが良縁に恵まれたような気持ちになったほどです。
ところが、それからしばらくして、彼から電話がありました。
「例のあの見合い話ね、やめることにしたんだ。
最初のデートで、なんかぎくしゃくしちゃってさ」とのこと。
「どうしたのよ?」といぶかしく思う私に、彼は説明してくれました。
「あのさあ、彼女とはなんか気が合わないみたいなんだ。
食事をオーダーする時にね、彼女、勝手にディナー・メニューにしちゃうんだ。
ほら、セットになってるやつ。
でも、俺、ア・ラ・カルトでばらばらにとるのが好きだろ。
それなのに、『二人一緒のペースで食べられるほうがいいから、あなたもセット・メニューになさったら』って言うんだ。
言い方はやさしいけど、逆らえない感じでね。
もちろん、彼女がセットにするのはかまわないんだよ。
『おまかせします』なんて言うような女よりマシかもしれないと思って、考え直そうとしたんだけどね。
でも、俺、やっぱりなんかたまらなく嫌でさあ……。
その後もね、一緒にメシ食う度に、気持ちが冷えるんだよ。
例えばね、俺がとったカキフライに、彼女は勝手にレモンしぼってくれるんだけど、それも嫌でさあ。
そういうの、耐えられないんだ。
フライにレモンかけるの、…嫌いなんだ、俺」「なあんだ。
何事かと思ったら、バッカみたい。
ご飯のことばっかり言って。
そういう時は、彼女に嫌だって言わなくちゃ駄目よ」私は笑いましたが、実は私にも覚えがありました。
初めてのデートで、刺身定食を無理矢理注文され、すっかり気持ちが冷めたことがあるのです。
私はお刺身それ自体は好きなのですが、暖かいご飯と刺身が同じお盆にのってくる定食がなぜか好きではありません。
食べられないことはないけれど、他の物があるなら、そちらにしたいほうです。
「何にする。僕と同じでいい?」と、聞いた彼に、「私、できればトンカツ定食を頼みたいんですけど」と答えたのに、彼は勝手に「僕と同じもの」を頼み、出てきたのが刺身定食だったというわけです。
ご馳走になっておいて文句を言うのはいけないのかもしれませんが、食べるものを勝手に決められると、なぜかひどく腹が立ちます。
社交辞令でもいいから、ちゃんと注文を聞いて欲しいし、そして、それを守って欲しいのです。
さもないと、他の欲望まで共有する気にはとてもなれません。
それどころか、食欲の共有さえ二度とごめんだという気になります。
くだらないと思われるでしょう。
些末なことであるのは確かです。
けれども、人間の欲望をあなどってはいけません。
とくに、付き合いがまだ浅いカップルがデートする時は、お互いがお互いの欲望を今後共有していけるかどうか試し合っているようなものなのです。
注文するほうは軽い気持ちで自分と同じにしても、相手にとってはレイプされたような気持ちになる場合さえあるんです。
結婚相談所で知り合ったカップルが「僕と同じメニューでいいよね」と言えるようになるまでには、やはりある程度の時間が必要だということでしょう。
そんなにいちいち細かく気を使っていられないと言われるかもしれませんが、人間の三欲に関することだけには、充分すぎるほどの注意を払ったほうがいい。
付き合いが浅いうちは、とくに。
これが私の実感です。